|
後日談1「それぞれの旅立ち」
春のある日――――――
そこは人々の暖かな心で満ち溢れていた。
その中心にはやわらかな笑顔の花嫁と恥ずかしいためか硬い笑顔の新郎。
今日は二人の結婚式だった。
式の会場となったのはまだ工事中の教会。形は出来ているが屋根がなく、青空が見えている。
―――この国・シムダス、いやこの世界・エザールは5年前滅亡の危機にあった。
のちに「聖魔大戦」と呼ばれる大きな戦いである。
この世界と対になる裏世界の王の策略により、シムダスの聖戦士(世界で数少ない剣と僧侶系魔法の使い手)・ラウルが操られ
シムダス王を殺しシムダスを支配、世界全てを我が手に納めようとしたのだ。
その戦いは勇者に憧れた少年、彼の幼なじみの少女、心優しい女性聖戦士、
ワガママだが仲間には優しい霊媒士(霊や聖霊を呼び、声を聞き操ることも出来る)の4人によって終止符が打たれ、
世界に平和が戻ってきた。
戦いが終わり、正気を取り戻したラウルは部下の2人と共に国の復興にあたった。
………あれから5年。
世界は、そしてシムダス国は少しずつ復興を遂げ、人々の心の復興も少しずつではあるが始まった。
そんな時この結婚式は行われた。
ラウルの部下・キースと他国からやってきた看護士・セシルのささやかな結婚式が…。
「あはははは!」
黒のパンツスーツに十字架のピアス、白い玉のネックレスを身につけ、
背中にはこの場には不釣り合いな大きな剣を背負った女性が
キースの横にやってきてキースとセシルをぴったりとくっつけて豪快に笑った。
「カズネっ!」
キースは顔を真っ赤にしてその女性―カズネに向かって叫ぶ。
―――カズネは彼の相棒であり、そしてラウルのもう一人の直属の部下でもある。
彼女は回りから女性として扱われているが実は女性ではない。
世界で数少ない「中性種」という男性でも女性でもない性別で、
そのせいで幼い頃からつらい日々を過ごしていた。
そんな時複雑な家庭環境に育ち、同じように悩んでいたキースと出会い意気統合し、彼の相棒となったのだ。
それから彼を見てきたカズネにとって今日ほど嬉しいことはなかった。
無口で不器用な彼の中に自分を重ねていた彼女にとって彼の幸せは自分の幸せでもあったから…。
「キース、そんなに叫ばなくてもいいだろう。カズネはカズネなりに考えてやったんだろうから」
騎士の正装をした男性がそう言いながらやってきた。
キースはその声に助けを求めるかのように答える。
「ラウル様、カズネは何も考えてませんよ。おもしろいからやっただけです」
その男性−ラウルはきょとんとした顔になって言った。
「そうか? カズネはお前の相棒だろう?」
「相棒だから…遊ぶんです!」
キースは顔を真っ赤にして叫ぶ。
そのキースを優しくセシルが諭した。
「キース、私は嬉しいわ」
「セシル?」
「キースは恥ずかしがりやだから代わりにカズネがやってくれたんだもの」
「セ、セシル…」
キースはまた顔を真っ赤にした。
「あはははは!シスダス一の騎士も奥方さまには負けるわね」
カズネは笑いながらキースの肩をぽんぽんと叩く。
「カ、カズネっ!!!」
キースは叫び、カズネの肩をつかもうとした。
「ちょ、キ、キース!そんなに怒らなくてもっ!!」
カズネはキースの手をひょっいとよけるとあわてて駆け出す。
「待てっ!」
キースは必死の形相でカズネの後を追った。
「ふふふ」
セシルは駆け出した二人を見て微笑む。
そんなセシルを見ていたラウルが同じように微笑みながら声をかけた。
「キースらしくないことしてるな」
「はい。でも私は見れて嬉しいです。キース、二人きりでも硬いですから」
「そうか。…きっと今日は嬉しいからではないかな」
「嬉しい…ですか?」
「今日がきっとキースの人生の中で一番幸せな日……だからきっとキースが隠してきたものが出てきたんじゃないだろうか」
「そうだったら嬉しいです。でも…カズネのおかげでもあるかもしれません。
カズネといるとキース、何か違うんです。安心しているっていうか…」
「カズネはずっと一緒だったからな。あいつはキースの兄弟のようなものだよ」
「はい、分かっております、ラウル様。でも…彼女に少しだけ焼けてしまいます」
「ふふ、セシルは正直だな」
「はい」
セシルは笑って答える。
ラウルは追い掛けっこをまだしている二人を見ながらセシルに優しく言った。
「キースを頼む。あいつは無口で不器用で…たぶん私とカズネ以外まともに付き合えないような奴だ。
そんなあいつが君を選んだ。一生付き合っていけると思ったからに違いない。私も君とならあいつは幸せになれると信じてるよ」
「はい。必ず…必ず二人で幸せになります。彼の心の傷が少しでも癒えるよう努力します。ラウル様にお誓いますわ」
「ありがとう、セシル」
「…それから」
「それから?」
「もう一つお誓い致します。カズネとも一生付き合います。キースの大切な人ですから。家族として彼女と共に生きていきます」
「セシル…」
ラウルはその言葉に彼女の顔を見る。彼女の顔は幸せの中にも強さと優しさで満ちあふれていた。
「キース、私と結婚するのを悩んでいた時期があったんです。自分が結婚してしまったらカズネを一人にしてしまうって。
だから私、彼に言ったんです。カズネはキースの家族のようなものなんでしょ?だったら私も家族になるじゃないのって。
私は一人で幸せになりたくありません。出来ることならみんなで幸せになりたい。
…難しいことなのかもしれません。でも少しでも出来るなら私はどんな努力でもします」
ラウルはうなづき、こう言った。
「…キースは本当にいい人を見つけた。これで安心だ。…いつ別れてもいい」
「別れる?どういうことですか、ラウル様!?」
意外な言葉にセシルの顔が曇る。
ラウルはセシルの問いに答えなかった。
「ラウル様っ!」
「………」
ラウルは無言のまま追い掛けっこをするキースとカズネに向かって歩いていく。
「ラウル様…」
セシルはそれ以上何も言えなかった。
結婚式の夜。二人を祝う小さな宴が開かれた。
会場は小さな酒場。夕方から始まった宴は盛り上がり、気がつけばすっかり辺りは暗闇と化していた。
いつまでも続きそうな宴の中心で笑顔一杯のキースとセシル。
それを遠くから見ながらカズネとラウルは酒場から抜け出した。
二人は酒場を出ると近くの公園に向かい、ベンチに腰掛けた。腰掛けると同時にカズネが話し掛ける。
「ラウル様大丈夫ですか?みんながお酒をがんがん注いできていたでしょう?」
「大丈夫…だとは正直言い難いな。ふふ、明日が心配だ」
ラウルは笑って空を見上げ、話を続けた。
「でもそれは皆の祝いの気持ちなんだ。明日の二日酔いもありがたく受け取るさ」
「そうですね。みんなが二人を祝ってくれてるんですものね」
カズネも笑い、ラウルを見た。
「ラウル様、本当に良かったです。キースが幸せになれて。
……キースは傷つき過ぎました。彼の心の傷はとても深いからそう簡単には塞がらないでしょうけど、
でもあたしはセシルならきっといつかすべてを塞いでくれると信じています。セシルならきっと…」
「あぁ、そうだな。私も信じているよ。…そしてカズネ、お前もな」
「…ラウル様?」
「セシルが私に誓った。お前がキースの家族のようなものなら自分も家族になると。家族として一生付き合っていくと。
だからお前はこれからも一人じゃない。安心しろ」
ラウルのその言葉にカズネはゆっくりとうなづく。
こぼれそうになる涙を堪えながら彼女は言葉を続けた。
「セシルがそんなことを言ってたんですね。…ふふ、あの子らしい」
「あぁ、彼女らしいな。優しく、そして強い。だからこそキースは選んだのかも知れない。私は安心した……だから、旅立とうと思う」
「旅立つ!?」
カズネは立ち上がり、叫んだ。
「それは…それはどういうことですか?旅立つってどういう……」
ラウルの突然の言葉にカズネは動転していた。
キースが結婚したという幸せから一転崖下に落とされたような強い痛みと共に深い悲しみを感じたから…。
ラウルはカズネをしっかり見て言った。
「まだキースにも言っていない。お前に言ってから告げようと思っていた。私は懺悔の旅に出るんだ」
「懺悔の旅…」
「私が詫びなければいけないのはこのシムダスだけではない。この世界統べてだよ。だから旅に出ることにした。
もう新王・ビスク様と長老たちには許可を頂いている」
「懺悔って……ラウル様は操られてあんなことをしたんです。ラウル様がそこまですることはないと思います!!」
動揺で胸の鼓動が止まらないカズネは必死で言葉を紡ぎだす。
ラウルは悲しそうに微笑み、首を降った。
「操られたのは事実。だがそれは事実の一部に過ぎない。世界を混乱させたのも事実なのだ。例え操られてやったのでも。
私はどういう理由であれ、人々にとっては罪人だ。家を失くしたものもいるだろう。怪我をしたものも……亡くなったものもいるかもしれぬ。
償えない罪なのかもしれない。だが私には詫びることしか出来ない。
許されなくても詫び続けなければいけないのだ。分かってくれ、カズネ」
「シムダスの復興はどうなるのですか?まだ5年です!まだまだこの国もラウル様の力を必要としています。それなのに旅に出られるのですか?」
カズネの声が涙声に変わっていた。本当に必要なのはカズネ自身。
でも自分の立場でそんなことが言えるわけがない。彼女は必死になった。
「シムダスはもう大丈夫だよ。この5年で基礎的復興は完了した。
あとはみんなで…キースやお前で復興を遂げてほしい。カズネ、お前達なら大丈夫だ。私は信じているよ」
「ラウル様…」
ラウルの顔に強い意志を見たカズネはそれ以上何も言えなくなった。
彼も被害者なのだ。恋人であるソフィアを殺され、正気に戻った後に罪を知り、悩み苦しんできた。
それなのに彼はまだ人々のために動こうとしている……。ラウルはそういう人間だ。自分も分かっている。
そういう真っ直ぐなところに惹かれてこの人に仕えようと思ったのだ。
カズネは涙を拭い、ラウルに告げた。
「分かりました。ラウル様は旅に出て下さい。あたしたちがシムダスを元のおだやかで美しい森の都に戻してみせます」
「ありがとう…」
「ただし…あたしの願いを聞いて下さるのが条件になります」
「条件?いいぞ。なんだ?」
カズネは耳に手を当て、十字架のピアスを外す。ビアスをラウルに見せ、
「これを私の代わりに旅にお連れ下さい」と言った。
「分かった。だがそれはお前がずっとつけていたものではないか。いいのか?」
「はい。だからこそあたしの代わりとなります」
「…分かった。持っていくよ」
「ありがとうございます」
カズネはジャケットの胸ポケットから白いハンカチを取り出し、ピアスを包んでラウルに手渡した。
「お前の分身、確かに受け取った」
「……たまにはシムダスにもお戻り下さい」
「あぁ、必ず。復興を遂げたシムダスの姿を見にな」
ヒュー!
ひとすじの風がラウルとカズネの上を吹き抜けていく。カズネにはその風がこれからのラウルのように思えてならなかった―――
次の日の朝。シムダス城の横にある騎士宿舎の中をラウルが走っていた。
彼の必死の顔に周りのものは何があったのかと表情を曇らせる。彼等はまだこの宿舎で起こったことを知らなかったから…。
ラウルは宿舎の一番上の階に上がり、とある部屋に走りこんだ。―――そこはカズネの部屋。
「キース、セシルっ!!!」
飛び込んできたラウルを見るキース、セシルの顔は昨日結婚式を挙げたとは思えないほど悲痛な顔をしていた。
「はぁはぁはぁ」
肩で息をしながらラウルは二人より奥を見る。
その先にはベットがあり、そこにはカズネが横になっていた。昨日とはうって変わって彼女の顔色が悪い。雪のように白かった…。
「カ、カズネは一体!?」
「今は眠っていますが先ほどまで苦しんでいました」
そう告げるキースの顔も青白い。そんなキースをいたわるようにセシルがキースの手を取った。
「キース、昨日寝てないんだからソファに横になったら?」
「しかし!?」
「私は大丈夫。少し眠ってるし、ラウル様も来られたから心配しないで。あなたまで倒れたらカズネが悲しむわ」
その様子を見たラウルが口を挟む。
「そうだ。お前も顔色が悪い。少し横になれ」
ラウルはわざと命令口調で言った。
いつもは何でも言うことを聞くくせにこういう時はこうでも言わないと彼は言うことを聞かないのだ。
「…分かりました。ラウル様、少し失礼します」
キースは頭を下げ、部屋の入り口にあるソファに腰をかける。
だがとても横になれるような気分ではなく、目をつぶることも出来ない。腰を下ろすことで精一杯だった。
そんなキースを心配そうに見ながらラウルはベットの傍に行き、セシルに話しかける。
「カズネは一体どうしたんだ?朝早くに倒れたとは聞いたが…。信じられない。昨日別れた時は何ともなかったのに……」
「カズネは病に冒されていたんです」
「病!?いつからだ?」
「3ヶ月前だそうです。シュベルツ先生はカズネから病のことをほかの人に言ってはだめだと硬く口止めをされていたそうで…」
「しかしお前は看護士だ。毎日カズネとも会っていたし、分かりそうなものだが」
「残念ながらこの病は本人と診たものしか分かりません。中性種特有の病で『免疫機能不全症』と言います。
この病は体の免疫機能をじょじょに弱らせていき、体の自由を奪い、最後には一気に死に至らしめるのです。
最後が近くなるまであまり苦しみもないそうで末期まで気がつかない人もいるらしく、カズネも見つかった時は……末期だったと」
「………」
ラウルは言葉を失った。
病が見つかってから3ヶ月がたっている。もしかしたら倒れるここ何日か前からすごい痛みや苦しみが襲ってきていたのではないか?
それなのにカズネは自分にもキースにも、看護士であるセシルにもわからないようにしてきたとは………。
なぜ気づいてやれなかったのだろう!? ラウルの頭の中に後悔の波が押し寄せてきた。
「くそぉっ!!!」
ラウルは大きな声で叫んだ。いつも冷静なラウルとは思えないほどの声で…。
「………」
セシルはラウルのその姿にカズネの存在の大きさを感じた。自分の夫・キースだけでなく、ラウルにもこれほど大きな存在であったとは…。
3人は強い信頼と絆で結ばれているのだ。分かってはいたつもりだったが改めて思い知らされてしまった。3人の友や家族というくくりを超えた強い関係を。
(カズネ、このまま死んだら2人は……)
涙をこらえ、セシルはカズネを見た。顔色は先ほどと変わりない。だが、どこか違うところがあった。
(あれ?どこか違う?)
じっくり見るとカズネの両まぶたがかすかだが開こうとしていた。
「カズネ!」
セシルの声にソファに座っていたキースが寄ってきた。ラウルもカズネをじっと見る。
「う、うぅ…」
弱弱しい声でうめくカズネだったがしっかりと目を開けた。
「カズネ」
ラウルが傍に駆け寄る。
「ラウル様…すみ…ません」
「何を言うんだ。お前がそんなこという必要はない」
「…ありが…とうございま…す。キース、セ…シル、せっかくのスタートの日に悪い…わね」
「悪いも何もあるか。相棒じゃないか!」
キースが叫ぶ。彼の目には涙がにじんでいた。
「私たちは家族なのよ、カズネ。遠慮しないの」
セシルが優しく言う。彼女の目にも涙がにじんでいた。
「ありがと…、キース、セシル。……あ…たしは幸せものだ。
…………正直言うとね、中性種って元々短命だからさ、こんなに…生きれるとは思わなかったの」
「短命?」
意外な言葉に声を上げるラウル。
それを見てセシルが言った。
「中性種は遺伝子が突然変異して生まれてきます。
その原因は解明されていませんが、突然変異することで体のどこかが足りなかったりするので短命と言われているんです。
でも、短命と言ってもそれは人それぞれです。100年生きる人だっているし…。
カズネはまだ25歳です。死ぬには………早すぎます」
セシルは下を向いた。
「ありが…とう、セシル。あ…たしは十分生きた……よ。25で…も100ぐら……いね。
中性種でつらいこといっぱ………いあったけど、で…もそんなあたしだから……みんなに会えた。十分幸せ」
「カズネ…」
…セシルは声を殺して泣いた。
「泣か…ないで。あたしは…旅立つの。あなたた…ちが結婚とい…う新しい世……界へと旅立ったように………。
あたしたちはきっと…旅立つ時期なのよ」
「カズネ!!!」
セシルは泣きじゃくる。キースはそっとセシルを抱きしめた。
「旅立ち…か。もう時間がないんだな」
ラウルは静かに言った。
「はい…。病を知った…時から今日が近いのは分かっていました。怖くは…なかった。
キースと…出会った時から毎日を大切に生き……ようと思ってましたから。だから何も祈らなかった。ただひとつを除いて。
今日がキースたちの式の後であるようにだけは……祈ってました。キースの性格は分かってますから。12年一緒なんですもの」
「カズネ…」
泣きじゃくるセシルを抱きしめたまま、キースはカズネを見た。
彼の顔は落ち着いていた。目の前の状況を受け入れ、いつものキースに戻っていたのだ。
「キース…落ち着いたみたいね。よかった。……後は…お願いね。大丈夫よ、あなたなら。シムダスをお願い。あたしたちの故郷を」
「あぁ…」
「そして…セシルと幸せになってね。2人で幸せに。………あたしはあな…たと出会った時から……あなたの幸せを願ってた。
出会った時のあなたに…昔の自分を見たから。何か…ほっとけなくてさ、話しかけちゃったの」
「そうか。…俺もあの時、お前に何かを感じた。……あれは似ていたからなんだな。
お前に会えてよかったよ。いろいろ知ることが出来た。生きることが出来た。
ラウル様という一生お仕えする方に出会え、そしてセシルという大切な人と出会えた。お前がいてくれたから…俺は消えずにすんだ」
「やめてよ。ふふ…そん…なにほめられても…困っちゃうわ。あたしはきっと…きっかけに……過ぎないんだから」
「きっかけは大事だ。少しの事で人生が変わることがあるんだから。お前は最高のきっかけだったよ。
ありがとう、カズネ」
「キース…」
カズネの目に涙が光る。彼女はゆっくりと言葉を続けた。
「キース、ラウル様、セシル…ありがとう。あ…たしは……本当…にし……あわ…せでし……た」
「カズネ」
キース、ラウル、セシルがそれぞれ精一杯の思いを込めて彼女の名を呼んだ。
「…」
カズネは微笑む。………そして彼女はそのままゆっくりと瞳を閉じ、永遠の世界へと旅立った。
カズネの旅立ちから2日後。
シムダス城から近い小高い岡の上にある墓地。
そこにキースとラウルがいた―――――
「終わりましたね」
キースが静かに言う。
ラウルが頷き、答えた。
「これで安心だ。ここにはソフィアもいるから…」
「そうですね。あの方はとても優しい方でしたからきっと今頃、カズネを導いていることでしょう」
「…そうだな。きっとソフィアが導いてくれることだろう。本当に安心した」
「…ラウル様?」
ラウルの様子が違うことにキースは気がついた。いつもの冷静で落ち着いた声の中に決意のようなものを感じたのだ。
「ラウル様、何かあったのですか?」
「………私も旅立つんだ、今日。懺悔の旅へ」
「!」
キースは声にならない声を上げ、ラウルを見る。ラウルは静かにキースを見つめた。
「………」
「…」
その目にキースは落ち着きを取り戻す。騎士になったばかりの時のキースが憧れたあの時のラウルの目と同じだったから…。
「……カズネは知っていたんですか?」
「あぁ、お前の式の夜に話した。最初は止められたが分かってくれたよ」
「そうですか」
「最後の最後まで話さなくて申し訳ない…」
「いいえ。ラウル様は俺の性格を考えてのことでしょう。カズネと同じようにラウル様とは長い付き合いですから」
キースは微笑んだ。
「長い旅になるのでしょうね。きっと永遠の旅になることでしょう。でも俺は…ラウル様のご無事をお祈りすることしか出来ません。
カズネの願い、この国の復興に力を注がなくてはなりませんから」
「それでいい。私も同じことを頼もうと思っていた。本当に安心だ。これで心置きなく旅立てる。
セシルによろしく言ってくれ。直接は今のセシルにはつらいだろうから」
「はい」
キースのそのしっかりした声にラウルは微笑む。そして彼の肩を叩いた。
「本当に立派になったな。…正直言うと最初会った時はどうしようかと思ったぞ」
「ラ、ラウル様っ!?」
キースは色々と思い出したのか顔を真っ赤にする。
「はは、それもいい思い出だ。…本当に良い思い出だ。私もお前たちと出会えてよかった」
「はい、俺も良かったです。ラウル様に…カズネに……みんなに出会えて」
「私たちはばらばらになる。カズネは遠い世界に。お前とセシルはシムダスに。私はエザールのどこかに。
………でもそれは永遠の別れではない。心はつながっている。どこにいても。…カズネがいる世界にもな。だから、私は安心していける」
そう言いながらラウルは胸のポケットから白いハンカチを取り出した。それは4つに折られていてその中に何かがくるまれていた。
「それは?」
キースがたずねるとラウルはそっと開けた。そこに十字架のピアスがあった。
「カズネのピアス…。カズネが!?」
「あぁ、自分の代わりに旅に連れて行ってくれと渡されたものだ」
「そうですか。……カズネが一緒に行ってくれるなら安心です。どうかご無事で。
…セシルのためにもたまにはお戻り下さい。ここはラウル様の故郷なんですから」
「ありがとう」
ラウルはピアスをハンカチにくるみ、胸ポケットにしまうと、真っ直ぐにキースを見た。
「……頼む」
「…はい。ご無事で」
キースも真っ直ぐにラウルを見て頭を下げる。
ラウルは微笑み、キースに背を向けて歩き出した。
――――――世界の滅亡の危機にあった「聖魔大戦」より5年後。
その春はそれぞれの旅立ちの春だった。
絆を胸に旅立つ春だった………。
end
|