『1、出会い』 

 『サーガス』の『冒険者の館』本部。
 ここは世界中の冒険者が所属する『冒険者の館』の総本山で『冒険者の館』一所属者が多い場所である。
 ここが本部になったのは『冒険者』が生まれた地で『冒険者』達であふれていたからだ。
 警察や軍隊でふさぎ切れないものをふせぐために出来た『冒険者』であったが
 増え続けると犯罪を犯す者、腕が悪く生活に困る者といった者も現れる始末。
 これを見かねた『サーガス』出身の『冒険者』レオンが作ったのが
冒険者をバックアップする機関『冒険者の館』である。
 『冒険者の館』の仕事は冒険の斡旋、共に旅する仲間の紹介、公共機関・医療機関の割引証の発行。
 それを少しの会員金で行っている。
 入会は義務ではないが便利なためたくさんの冒険者が入会し、どこの『冒険者の館』もいつも賑わっていた。
 特に賑わうこの本部を切り盛りするのはマリーン・ス―ンという名の美女。
 金色に輝くウェーブのかかった髪、海のように蒼い瞳、鈴の音のように澄んだ声を持ち、
さっぱりとした姐御肌の性格の彼女はこの本部所属者達(男女共の)のアイドル。
 …だが、1人だけ彼女に興味を示さないものがいた。
 その者の名はシリウス・カインド。
 本部一…いや『冒険者の館』所属者一の腕と言われる青年である。


 ある日の午後。
 『冒険者の館』本部のドアがいきおくよく開き、1人の青年がゆったりとした足どりで入ってきた。
 それはあのシリウス。
 部屋の奥のカウンターにいたマリーンはシリウスに気づき声をかけた。
「お久しぶりね、シリウス!」
「マリーン依頼はあるか?」
「…いきなり仕事の話?せっかく数ヵ月ぶりの再会だっていうのに」
 マリーンは不服そうに頬を膨らませたが、すぐカウンターの下から1冊のノートを出した。
 それはシリウス専用の依頼が書かれたノート。彼なら出来るであろう冒険が書かれているのだ。
 マリーンは無言でシリウスにノートを差し出した。
 シリウスは受け取るとくいいるようにノートを見始めた。
 彼ほどの冒険者になるとたくさんの依頼が書かれている。だが、選ぶのは1つあるか…というぐらいだ。
 普通の冒険者ならこんな選り好みは許されないところを
彼が許されるのは『冒険者の館』所属者一の腕を持っているからだけではない。
 『冒険者』になる前の職業のお陰だ。
 その仕事は『聖戦士(せいせんし)』。
 剣にたけ、僧侶系魔法を使いこなす世界に数少ない戦士の中の戦士である。
 正式な所属はサーガスの聖アルバータ教会(宗教の総本山)になるが聖戦士が住む国に仕えるのが普通で
彼は本島『クレアル大陸』にある北の森の国『シムダス』の『聖戦士』であった。
 だが2年前にとある事件が元で自ら辞め、『冒険者』となったのである。
 『聖戦士』は皆が憧れの職業であり、
この『聖戦士』になることは大変な努力をともなっていたため立派な人間の証にもなった。
 それゆえにここでの我侭も許されていたのだ(もちろん一部から反感を買っている)。
 …その我侭の理由をマリーンは知っていた。
 シリウスは死場所を求めていたのだ。死ぬために『冒険者』になったのである。
 そのため大変ハードな無謀ともいえる冒険を求めて仕事を選んでいたのだ。
 しかし、彼の腕のよさが彼の命を救っていた。皮肉な話ではあるが…。
 マリーンは聖アルバータ教会の神父の1人と知り合いのためこの事実を知り、ずっと心配していたのだ。
 今日渡したノートに命を落すような仕事はないはず。たぶん彼は今日も断り、去って行くだろう。
(何とかしなくちゃ…)
 マリーンは焦っていた。
 彼女は勘が鋭かった。今日このまま彼と別れてしまったら永遠の別れになるような気がしたのだ。
(…あ!)
 マリーンははっとなった。とある人物と目があったのだ。
 その人物は小柄な少女だった。
 冒険者の割には軽装備のその少女の名はミディ・ケイト。今日『冒険者登録』したばかりの初心者である。
 彼女は登録を終え、館の中を見学しているところだった。
(……そうだ)
 マリーンの目がきらりと光る。
 その時…ぱさっと目の前にノートが置かれた。
「…マリーン、ノートありがとう。今日はなさそうだ」
 シリウスはそう言うとマリーンに背を向け、歩き出した。
「待って、シリウス!」
 マリーンは出来る限りの大声で叫んだ。
 その声に館内にいた冒険者達が驚き、何事かと一斉に振り向く。
 その視線の多さにシリウスは仕方なく足を止め、振り返った。
「………何だ?」
「この後どうするの?」
「特に予定はないが…」
「だったらたまには人助けしてよ」
「ひどい言われ方だな」
「あなたの我侭、一部から反感を買っているのは知っているでしょう?
あたし、そのことでいじめられて辛いのよねー」
 マリーンはわざと大声で言った。
 この女…何かを企んでいる。シリウスはすぐに分かったが世話になっている以上断ることも出来ない。
 ため息をつき、
「…分かったよ」と言った。
 マリーンはにやりと笑い、言葉を続ける。
「何をするかと言うとね、今日登録したばかりの子のコーチしてほしいの。初冒険のサポートしてもらうわ」
「今日登録したばかり!? 初心者か?」
「えぇ。ちょっと心配なのよねー」
 マリーンは他の冒険者とともにこちらを見ていたミディを手招きした。
 え?え?私ですか??と言わんばかりの顔でミディは小走りでカウンターまでやってくる。
「…あのマリーンさん、何かご用ですか?」
 おどおどしながら尋ねるミディ。
 その様子にくすくす笑いながらマリーンは答えた。
「初冒険を斡旋するわ!」
「えぇー! そ、そんな無茶ですよー! 今日登録したばかりで!!」
「大丈夫よ。彼にサポートしてもらうし」
 マリーンはシリウスを指差す。
 ミディははっとなり、シリウスを見た。
「あぁー! この人ってナンバーワンのシリウスさん!?」
「これでばっちりでしょう?」
「そ、そうかもしれませんが…いいんでしょうか、シリウスさん?」
 ミディはあたふたしながら言った。
 彼の名は冒険者になる前から聞いていた。顔も街であった事件で偶然見かけ知っている。
 冒険者になったばかりのミディにとってはまさに雲の上の人、憧れの人。
 緊張のあまり彼女の顔は真っ赤になっていた。
 それも見たシリウスは彼女の緊張をほぐすように優しく言う。
「…マリーンの頼みだからな」
「あ、ありがとうございます!」
 ミディのその嬉しそうな声にニコニコしながらマリーンは言った。
「冒険の話は明日の朝にしましょう。そうね…10時ぐらいにいらっしゃい。今日はしっかり寝ることね」
「はい!」
「あ、泊まりも出来る装備にしてきてね」
「はい。…あのどのくらい?」
「…うーん、そうね。2週間ぐらい!」
「2週間!?」
 驚いた声でシリウスとミディが同時に言った。
「いきなり2週間の冒険をさせるのか!?」
 シリウスは怒っていた。
 その声に屈せず、マリーンはにこやかに返事をする。
「大丈夫よぉー。シリウスがついてるんだもの!」
「だけどな…」
 シリウスは反論しかけたが途中で止めた。そしてため息をつき、
「…仕方ないなぁ」と言った。
 その様子にミディはわけが分からず、目を丸くしている。
「俺が何とかするから装備は2週間用意だ」
 目を丸くしたままのミディに向かってシリウスが言った。
 その言葉にミディはっとなり、
「はい!」と元気よく返事をした。
「元気が良くいいわね。じゃあ明日ね!」
「はい、マリーンさん。シリウスさんよろしくお願いします!」
 ミディは頭を下げ、軽やかな足取りで館を出て行った。
 …静けさが館に戻ってきた。
 3人を見ていた冒険者達もいつの間にか自分のしたい事をしている。
 ミディの出て行った館のドアを見ていたシリウスは少しして口を開いた。
「…何を企んでる?」
「嫌な言い方しないでよ。企むも何もあたしはミディが心配だっただけ」
「そうか?」
 シリウスは少し何かを考えていたようだが、すぐに止めた。
「…考えるだけ無駄だな。じゃあ、明日」
 そう言うとシリウスはマリーンに背を向け、歩き出す。
 来た時と同じようにゆったりとした足取りで彼は館を後にした。
 その去っていく姿をマリーンはじっと見つめていた。
(変わるわ、きっと。あなたは変わる。あの子に出会ったんですもの…)
 マリーンは微笑んだ。