『2、初冒険初日(その1・出発編)』 

 その日の『聖首都・サーガス』の空は晴れていた。
 海のように青く…青く真っ青な空は本当に気持ちよいほど綺麗に晴れ上がっていた――――――


「ふぁぁぁ…」
 冒険者のサポート機関・『冒険者の館本部』の近くで
あくび交じりに3つの大きな鞄を抱えて歩く少女がいた。
 気持ちの良い空とは対照的に彼女の顔は眠さで曇り、今にも道ばたで眠りそうなほど…。
 彼女の名はミディ・ケイト。
 昨日『冒険者の館本部』で冒険者手続きをしたばかりなのに
『冒険者一』と呼び声も高いシリウス・カインドと冒険にすることになった冒険者としては幸運な少女。
 そのミディは前の日からまったく眠れなかった。
 初冒険に対する不安、興奮、そして…あこがれの冒険者・シリウスと冒険する夢ごごちな気分。
 それらが入り混じり、家に帰ってから準備を整え終わった夜時点でも目がギンギンにさえ
とりあえず寝なくちゃと横になってみるがまったく眠ることが出来ない。
 羊の数を何度数えただろう…。
 だがまったく眠れず……結局そのまま夜をあかし、今朝にいたったのだ。

「おはようー!」
 『冒険者の館』の前で金髪の美女がミディを見つけて手を振った。
 彼女の名はマリーン・ス―ン。
 ここ『冒険者の館本部』の管理人で昨日ミディに初冒険を斡旋した張本人だ。
 その横には長身の青年が無言で立っていた。
 彼こそ今日からミディの相棒になるシリウスである。
「お、おはようございま…すぅ」
 眠さと戦いながらミディが答える。彼女はよろよろと2人の前まで行き、荷物を降ろした。
「すっごく眠そうね。それに凄い荷物」
 マリーンがニコニコしながら言う。
「2週間ってこれぐらいですよね。…準備は早くできたんですけど眠れなくて。ふぁぁぁ」
 大きなあくびをし、答えるミディ。
「………」
 それを見ていたシリウスが急に動き出した。ミディの荷物を開けだし、分け始める。
「な、何をするんですか!」
 そのシリウスの姿にミディは驚き、声を上げた。
 その顔にはもう眠さはない。驚きが眠さに勝ってしまったのだ。
「持ってきすぎだから整理をしているんだ」
 悪びれることもなく、淡々とシリウスは答える。
「そ、そんなに多いんですか!? 多いにしても外で分けなくても…」
 必死で言うミディ。そこにマリーンがまあまあと割って入った。
「確かに多いわねー。でも、シリウスも悪いわよ。女の子の荷物を外で開けて分けるなんて。
ミディも見られたら困るものも入ってるわよねー」
「見られたら困るもの?」
 シリウスはぴんとこないようで不思議そうな顔でマリーンに問う。
 マリーンはくすくすと笑い、ミディを見た。
「あなたが直接言う?」
「い、言えないですうー」
 ミディは顔を真っ赤にして答える。
 その様子にさらにシリウスはさらに不思議そうな顔をした。
「何だよ、いったい!?」
「いやーね、シリウス。こういうところはにぶいんだからー」
 マリーンはさらに笑いながら答える。
「だからなんなんだ!」
 マリーンの態度に少し怒ったのかシリウスは大声を出した。
 そこでマリーンはシリウスにそっと近づき…耳元でささやく。
「……下着」
「あ!」
 シリウスは顔を真っ赤にし硬直してしまった。
「ほんとシリウスはこういうところはだめよねー」
 マリーンはぽんぽんとシリウスの頭を叩き、ミディに言った。
「さぁ、荷物持って。中で分けましょう。シリウスはほっておいて」
 ミディは慌てて目の前の荷物を持ち、マリーンに言う。
「シリウスさんほんとにほっておいていいんですか?」
「いいのよ。女の子の荷物を勝手に開けたんだから」
 マリーンはいたずらっ子のように舌を出し、中に入って行った。
「い、いいのかなぁ…」
 迷いつつもミディも後に続く。
 …後には顔を真っ赤にして硬直したままのシリウスが残された。


 …1時間後。『冒険者の館本部』のマリーンのプライベートルーム。
 中にはマリーン、ミディ、そして後で遅れてやってきたシリウスの3人がいた――――――

「これでよしっと!」
 マリーンがいきおいよくミディの鞄を閉める。やっとミディの荷物の整理が完了したのだ。
 最初3つあった荷物は1つに収められ、残りはマリーンが預かることになった。
「ほんと1つでいいんでしょうか?」
 不安そうな顔をしながらミディがシリウスに問う。
「最初に言っただろう、多いって。ほんと言えばこれでも多いぐらいだ」
「多いんですか?それだったらなんで2週間分と念を押したんですか?」
「冒険の基本を教えるためよ」
 マリーンが答える。
「基本…ですか?」
「そう、基本。あなたは本当に初心者で何も知らない。だからシリウスも私もわざと2週間分と念を押した。
2週間といえばたくさん持ってくるわ。その中から必要最低限の装備を目の前で教えれば
あなたも次回から用意できるでしょう?」
「あ、なるほど!」
「もちろん今回のは多めの装備よ。2週間用だから。
少ない場合、もっと多い場合は自分でアレンジする。分かるわね!?」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
 ミディは2人にふかぶかと頭を下げた。
「ふふ、頭下げるなんて律儀な子ー。
これだけよく聞く子ならシリウスも教えがいがあるわね。ねぇ、シリウス」
 マリーンはそう言いながらシリウスを見る。
「………」
 シリウスは答えはなしなかったが深くうなづいた。
 それを見たミディはさらに頭を下げ…
「これからよろしくお願いします、シリウスさん」
「…俺は厳しいぞ」
「が、がんばります!」
「頑張ってねー、ミディ。初冒険は素敵な冒険よー」
 マリーンは拍手しながら何気なく言った。
 その言葉にはっとなり、ミディはマリーンを見る。
「あ、マリーンさん。冒険の内容聞いてなかったんですけど…」
 そしてシリウスも…
「俺も聞いてはいない」
「えー、そうなんですか!」
「あらやだ、そうだった?」
 マリーンは笑いながら2人を見た。
「早く言えよ」
 シリウスは頬を引きつらせ、マリーンをにらむ。
「そんな怖い顔しないでよー。ちょっと忘れただけでしょう。
今回の冒険はねー、ここから700ギルバ先の山の調査が目的よ。謎の結界が出来て入れないんですって」
 マリーンの言葉にシリウスの表情が変わった。
「謎の結界!?人工的なものか自然に出来たものかも分からないんだな?」
「えぇ。まったく分からないの。一流の魔法の使い手でも解除出来ないらしいわ」
「それってかなりのレベルの冒険では!?」
 不安そうな声でミディが割って入った。
 それを見たマリーンが陽気に答える。
「大丈夫よー。レベルは高いけどシリウスがいるでしょうー」
「そ、そうですけど…」
「大丈夫、大丈夫よ。はい、詳しい内容ねー」
 マリーンは傍にある机の上から封筒を取り、ミディに手渡した。
「あ、どうも」
 ミディは慌てて受け取ると大切そうに封筒を鞄にしまう。
それを見たマリーンは少し命令口調で言った。
「2人とも荷物持ってー」
「わ、分かった」
「あ、はい」
マリーンのその命令口調ににシリウスとミディは言われるがまま、荷物を持つ。
「じゃあ、いってらっしゃい!」
 マリーンはニコニコと手を振った。
「おい!」
 シリウスははっとなり、マリーンに突っ込む。
 マリーンはきょとんとした顔になり、シリウスを見た。
「何よー。もう用事は終わったでしょうが。今代わりの子にカウンターの番してもらってるのよ。
そろそろ代わらないと」
「もう少しミディに説明してやれ。不安になるだろうが」
「大丈夫よ、紙見ればー。詳しく書いてあるから」
 そう言ってマリーンは右手の人差し指で空中に丸を描いた。
「あ、おい!」
 シリウスは叫んだが…すでに遅し。
 あっという間にシリウスとミディを光が包み………2人を別の場所へと連れて行ってしまった。
「うふふ、ファイトよ、2人とも」
 マリーンは呟くように言うと部屋を出た――――――