転生姫ーてんせいきー
| 平安時代、初期。桜が咲き乱れる春。 その屋敷には人々の笑い声があふれていた。その家の美しい姫君が結婚したからである。 姫君の名は瑠璃(るり)――――― 「桜火(おうか)様……今日からお世話になります」 真新しい衣に身を包んだ瑠璃は幸せそうに微笑む。 「…瑠璃、私は幸せだ。あなたと夫婦になれたとは」 瑠璃の愛しい人ー桜火はそう言って優しく瑠璃の髪をなでた。 「わらわも幸せにございます。いく久しくお傍においてくださいませ」 「この平安の世が滅びようとそなたを愛する気持ちは永遠である」 「桜火様、嬉しゅうございます。幼き日よりどんなに夢見ていたことか。瑠璃は本当に幸せものです」 「瑠璃…」 屋敷の主となった桜火は瑠璃の幼馴染だった。 互いに思いあった二人が夫婦となる…その喜びから二人は幸せの絶頂にいた。 …だが――――――――― 「た、大変でございます!」 夏のある日の夕方、瑠璃の屋敷に桜火の従者が息を切らせて帰ってきた。 「何があったのです?」 不安げな顔の瑠璃が従者に問う。 「だ、旦那様が倒れられました」 「…え?」 「今、他の者が旦那様をお屋敷に……」 従者がそう言いかけた時、屋敷の中に桜火が担ぎこまれてきた。 「お、桜火様!」 その問いかけに桜火は小さな声で… 「…瑠……璃」と悲しそうに答えた。 瑠璃は桜火のその様子に涙しそうになったが必死でこらえ、従者に指示を出す。 「は、早く、桜火様を奥へ!」 「はい!」 従者達は桜火を奥へと連れて行った。 「…う、うぅ」 ―――――――桜火を見送った瑠璃は張り詰めていた糸が切れたように泣き出した。 それから二人の懸命に生きる日々が続いた。 時は秋、冬とながれ、春になったころ………ついに別れの時がやってきた――――――― 「桜火様、桜火様!!!!!」 「…瑠璃……すまない。あなたを1人残し、病でこの世を去ることになろうとは………」 生気を失い青ざめた顔の桜火は悲しそうにつぶやいた。 「いや、いやです!!瑠璃を1人にしないで下さいませ!!!」 「…瑠璃………あなたは私の分まで生きてほしい。私の分まで…幸せに………。 …外の桜、綺麗だなぁ。あなたとよく遊びましたね、あの桜の木の下、幼き頃に。 そして、誓った。……あなたと…あなたと一生共にいることを」 「…あの時は本当に嬉しゅうございました。今でもはっきりと覚えております。 舞う桜の花びら、桜火様の『一生共にいてほしい』というお言葉。 小さな胸がどれほど嬉しさで震えたことでしょうか。 …う、うぅ……桜火様」 「泣かないで。笑っておくれ。私は…あなたの笑顔が好きだった。 あなたの…笑顔を消す……者は許さな…いと思っていたのだ。だが、それが私になろうとは…。 …私の…ぶ…んまで…生き…てせに………。どう…か………」 そう言うと桜火は静かに瞳を閉じた。 「桜火様―――――――――!!!!!」 瑠璃は何度も何度も夫の名を呼ぶ。だかその声はむなしく響くばかり。 そして半日ほど経ち、瑠璃はすっと立ち上がった。 「…生きなくては。どんなことをしても…わらわは生きなくては」 何度もつぶやく、瑠璃。夫の亡骸を屋敷に残し、その姿は闇の中に消えた。 …そして、数日後。とある山の中に瑠璃の姿が―――――――― 「お前、こんな山奥で何をしている!?」 山中を彷徨う瑠璃に1人の男が声をかけた。 ひげを生やし、がたいのいいたくましいその男は山賊だった。 普段の瑠璃なら恐がっただろうが今は…違った。ただつぶやくばかり。 「…生きなくては。生きなくては。」 「気が狂っているのか!?………しかしいい女だな。これだけいい女なら高い値で売れるかも…」 男は瑠璃をすばやく担いだ。 「ふふ、いいもの拾った。さ、行くか!」 男が行こうとしたその時、瑠璃は正気に返った。 「…あぁ!」 「何だ。正気に戻っちまったのか!?」 「…あ、あぁ。は、離して!!」 「離すわけないだろう。お前は売られるんだよ!」 「いや、いやぁー!」 瑠璃は必死で抵抗した。必死で暴れたが…かなうはずもない。あっという間に押さえ込まれてしまった。 「うるさい、黙れ!痛い目にあいたいか!!」 「誰か、誰か!!!」 「こんな山奥、誰もいないに決まってるだろう!?」 「…だ、誰でもいいから助けて。桜火様、桜火様――――――!!!」 瑠璃は愛しい人の名を呼び、残った力で男の腕を噛み付いた。その時―――――――― 「……う、うぅ!!な、何だ、急に力…が。力が……抜ける!!!」 男は叫び、瑠璃を地面に放り出して倒れ込んだ。 男の顔にはたくさんの汗が流れ、先ほどまでのあの命の塊のようなたくましい姿はなかった。 がたいのよさは変わらないがまるで魂が抜けたかのように青白い顔になり、必死に肩で息をしていた。 「…い、一体何が!?」 男の姿に呆然となる瑠璃。だがすぐに自分にも異変が起こっていることに気がついた。 「な、何!……力があふれている。私の中に……これはその男の…命………生気!?」 瑠璃ははっとなり、男を見る。 男も何があったか分かったようで恐怖で顔をゆがませた。 「や、やめろ!!!」 「…ふふ。ふふふふふ!死になさい。私の命になりなさい!!!」 瑠璃は怪しい笑みを浮かべながら、男の首筋に噛み付いた。 「ぎゃあ――――――!!!」 男は叫び声と共に息耐え……………ひからびた。 「ふふふ。…これで……これで私は生き続けることが出来る。 桜火様…瑠璃はお約束どうり生きていきます。ふふふふふ。」 優しき姫君、瑠璃。その一途な心ゆえ、その悲しみの深さゆえ――――美しき魔と化した。 |