2週間後、花時計はもっとにぎわっていた。
私がフルメークしてもっともっときれいなったせいだ。
ついに2人だけでは人手が足りなくなり、私と交互に来ている小林さんもフル出勤、
あわててアルバイトも入れるようになった。
みんな忙しそうに働いている。
…でも、一番忙しいのは私。
だって全員私目当てで来ているんだから。
きれいになった私目当てだもの。
夜の9時。『花時計』閉店の時間。
最近の閉店時間はいつも9時。
店長のこだわりは完全に消滅した。
営業時間が延びることに文句1つ言わず、お客も追い出したりしない。
「今日もすごかったね」
店のシャッターを閉めた後、店長がパターンどおりこの言葉を言った。
「ですね。花屋がこんなに忙しいなんて私、知りませんでしたよ」
アルバイトの二ノ宮さんが驚きの声を上げる。
「本当! のぞみさまさまね」
冗談めかして小林さんが言った。
「そ、そんな…」
当たり前じゃないと思ったけど、私は一応謙遜してみせた。
「あれ、あの人!
今日薔薇を買った人じゃないですか!? 昨日も来てましたよね!」
二ノ宮さんがそう言って指差した。
指差した先には街路樹がある。その下に20代後半ぐらいの男性が立っていた。
どうやらこちらのほうをちらちらと見ているようだ。
あの人はたしか最近よく来るようになった人…。
「あの人半常連さんよね。
スーツもばっちり決まってどこかのお金持ちのおぼっちゃんかもしれないわねー」
小林さんが思い出しながら言った。
「のぞみちゃん目当てかもよ。行ってみれば?」
店長がニヤニヤと笑っている。
「は、はい。…じゃあ、失礼します」
私は3人に頭を下げ、男性の元へ走っていった。
「あ、あの…何か御用ですか?」
わざと遠慮がちに言ってみる。
こういう態度が意外に受けることに最近気がついたのだ。
「待っていたんです、あなたを」
「私を?」
「…あなた始めてみた時から運命の人だと思いました。
お願いです。
どうか結婚を前提にお付き合いしてください!!」
「え、で、でも私はあなたをよく知りませんし、あなたも私のことをよく知らないんですよ!?」
「これから知ればいい!」
男性は私を抱き寄せた。
「……私でいいんですか、本当に!?」
「えぇ」
「嬉しい!」
私のその言葉に喜んだのか男性は私を強く強く抱きしめた。
…その胸の中、見えないのをいいことに私は怪しく微笑んでいた。
夢のよう。
こんなおとぎ話みたいなことがあっていいの!?
今までの苦労は全て今のためにあったんだわ!
…これもすべてあの口紅のお陰。
もう手放せない!!!
店主の女性は『……もし、返さなかったり売ってなんて言って来たら恐ろしいことになるわ』って言ったけど
何が起こるっていうの!?
今の幸せをなくしたくない。
これがなくなったら私は元のダメな私に戻ってしまう…。
売ってもらおう!