次の日の夜。
私は仕事を終えると足早にあの店に向かった。
「いらっしゃいませ」
あの時と同じように店主の女性が笑顔で迎えてくれた。
「ちゃんとメイクするようになったのね。
前よりももっときれい」
「…あのお話があるんですけど」
「話? …どうぞ中へ」
女性は店に入ると私に椅子を持ってきてくれた。
私は進められるがまま、その椅子に座る。
椅子に座り覚悟を決めた私は口を開いた。
「本当にありがとうございました。お蔭様で自分に自信がつきましたし、婚約者が出来たんです」
「まあ婚約者が! どんな方!?」
「とある大会社の御曹司です。とても優しい人で…」
「そう。本当に良かった。
口紅を貸してあげて良かったわ」
「その口紅の事なんですが」
「えっ!?」
女性ははっとなる。
じっと私を見つめた後、言葉を続けた。
「まさか返さないって言うんじゃないでしょうね!?」
「売って頂きたいんです!
私、これがなくなったら元のダメな私になってしまう」
「そんなことないわ。それをなくなってもあなたはもう大丈夫よ。
だから返してちょうだい!」
「いえ、売ってください。これ、売り物なんでしょう!?
お金ならいくらでも出しますから!!!」
「お金なんて関係ないわ!」
女性はぞっとするような声で叫んだ。
思わず息を飲む。…でも負けていられない。
私の美しさにはこれが必要なんだから!
私は女性をにらんだ。
「返さないとどうなるか分かっているわね」
「恐ろしいことが起きるでしたよね。何が起きるんですか!?」
「……本当に返さないつもりね。分かったわ。
残念だけど……あなたには口紅になってもらう」
「えっ!?」
「言ったでしょう、うちの商品は特別製だって」
女性が指を鳴らす。
すると棚の中からたくさんの女性の声が聞こえた。
『仲間が増えるのね』
『嬉しい』
『早くいらっしゃいよ』
「あ、あぁぁぁぁ!」
私は恐怖で座り込んだ。
「うちの商品はうちの商品を使ってきれいになり、約束を破ったために自ら口紅と化した女性たちそのものなの。
変わるということを勘違いしてしまったおろかな女性たちのにね…。
……あなたもそのおろか1人になってしまった。
うちの商品はきっかけだって言ったでしょう!?
頼ったらいけなかったのよ。
頼らずに自らの足で立ち上がることさえ出来れば、もっと幸せになれたのにね」
女性はまた指を鳴らした。
「あぁっ!!!」
私の体に激痛が走る。
…そしてそのまま、私の意識は闇の中に落ちた―――――
口紅の店・イマージュ。
その店は変わりたいけど変われない女性の目の前に現れる不思議な店。
商品には女性をきれいにする特別な成分が入っている。
その効き目は絶対。
…だって同じようにきれいになった女性そのものが成分なんだもの。