帰り道。
「…木原さん」
「え、香織?香織が何!?」 
「確か日野くんと幼馴染なんだよね!?」
「あぁ。がきの頃からずっと一緒。あいつの兄さん、孝司さんにもよくしてもらってさ。
俺たち3人は兄弟みたいなんだ」
「…ふぅん、何かいいね」
「そう?そうかなぁ…」
「ずっと転々としてたから私にはそんな人…いない」
「…久音」
「…寂しくても1人で耐えるしかなかった。ずっと……ずっと、あの時からずっと………」
 悲しそうに星歌は空を仰いだ。
「…そ、その」
「え?」
「……今からでもいいのなら俺…達が…」
「…日野くん。…………あ!」
 星歌は感じ取っていた。あの…懐かしくて……憎い『女』の力を―――――――
 そんなことは知らない哲平はおどおどしながら聞いてきた。
「ど、どうした!?」
「………ごめん、用事思い出した。1人で帰って」
「え?く、久音!!!」
 星歌はわき目もふらず、元来た道を戻っていった。…後には未練がましい哲平1人。
「………ちぇ!せっかく2人きりで帰れると思ったのに」


 公園。
 星歌が駆けつけた時には遅かった。
 女性がひからびた状態で倒れていたのだ。
「…遅かったか。もうあの女の気もない。逃げた。くそぉ!」
 星歌は思わず横にあった木を殴った。
 こぶしから血が流れ落ちる。だが、星歌は痛みを感じなかった。
 本当は感じているのだが…長い時を生き過ぎて感じることも忘れてしまったのだ。
「…おい、君!」
 はっとなった星歌は振り向く。
 そこには背広姿の若い男性が立っていた。
「そこで何をしてるんだい!?…あっ!」
 男性は死体に驚き、星歌を肩を掴んだ。
「君がやったのか!?」
「…通りかかったら見つけたんです。驚いて腰を抜かしそうになってしまって。…あなたは!?」
 男性は懐から折りたたまれた二つ折りの黒い手帳を出し、広げてこう言った。
「警視庁捜査一課・木原孝司。とある事件の捜査途中に君を見つけた」
「えっ!?木原孝司って…木原さんのお兄さん!?」
「香織を知っているのか!?…あ、そう言えばその制服は南野高校だよな?」
 孝司はまじまじと星歌を見た。
「香織さんのクラスメイトの久音星歌です」
「久音星歌?…あぁ、香織が言ってた転校生の!!こんな所で会うとは奇遇だなぁ………ってやってる場合じゃなかったよ」
「は、はぁ…」
「香織の友達って事は知ってるだろ!?」
「…今日聞きました」
「やっぱりかぁ…。香織のおしゃべり」
 孝司は頭を抱えた。
「…この死体もそうなんですか?」
「…たぶん…ね。見た目はまったく同じ。司法解剖してみないとはっきりは言えないけど」
「…そうですか」
「怪しい奴は見なかったか?」
「…いいえ。私が来た時にはもう死体しか………」
「そうか。…今から一緒に署に来てくれない!?あ、君を疑ってるわけじゃないよ。こんなこと簡単に女子高生に出来るもんか。
第1発見者だから一応調書を取りたいんだ」
「すみません。本当に何も見てないんです」
「あ、でもね一応…」
 孝司がそう言った時、先輩刑事らしい男性が走ってきた。
「木原ー!」
「あ、元山さん、また遺体が…」
 元山は立ち止まるといきなり孝司の頭を叩いた。
「早く連絡しろ!」
 少し涙目になった孝司は頭を下げる。
「す、すみません」
「お前が聞き込みから帰ってこないから心配で来てやったのに何をやってるんだぁー!」
「すみません。今、第1発見者と話をしてたんです」
「第1発見者?どこにいるんだよ!?」
「…へ?」
 はっとなり孝司はあたりを見回す。いつの間にか星歌の姿はなくなっていた。
「あー!」 
「ボケてないで連絡しろ!」
「…へ、へい」
 孝司はあわてて携帯電話を出すべく、ポケットを探った。すると…。
「…ん?」
 覚えのない紙が入っていた。
 元山にばれないようにしながらこっそりと見ると
女性の字でこう書かれていた。『甘い甘い匂いを放つ女には気をつけて』
「…どういうことだ?」
「木原、どうした?」
「す、すみません」
 孝司はあわてて紙をしまい、携帯電話を出して署に電話をかける。
「…あ、木原です。東寺町で遺体発見しました。元山さんも一緒です。…………はい…はい、了解です!」
 携帯電話をしまい、孝司は何かを決意したかのように元山をじっと見た。
「な、何だ?」
「すぐ応援来るそうです」
「お、おう」
「後、お願いします」
「え、ちょっと待て!」
 孝司は元山の静止を振り切り、走り出す。
「…また暴走か」
 走り去る孝司を見ながら元山はため息をついた。
 

 ――――――孝司はずっと走っていた。
 さっき見つけたメモは間違いなく久音星歌が書いたもの。彼女は何か知っている。
 その思いが彼を走らせていた。
(彼女を見つけないと。犯人を知っているのなら彼女が危ない!)
「…ん?」
 …どのくらい走ったか分からなくなったその時、孝司は立ち止まった。
 とても甘い甘美な香りが鼻についたのだ。
 彼の脳裏に先ほどのメモが浮かんだ。『甘い甘い匂いを放つ女には気をつけて』
「…ホシ…かも」 
 あせる心を抑えながらも孝司は甘い香りに導かれ、にぎやかな通りから外れた道に入った。
「………あ」
 道の奥で真っ赤なワンピースを来た女性が微笑んでいる。その人はゆっくりと手招きをした。