「な、何でここにいるのよ!」
 星歌は思わず声を上げた。
 住んでいるアパートの部屋の前で哲平が待っていたのだ。時間は夜中の12時――――――
「気になったからさ…」
「気になったって何が!?」
「…だって別れた時、すごい顔してたんだ。思いつめたみたいな顔…だから……」
「だ、だからって今は夜の12時!」
「しっ!」
「…あ……。と、とにかく上がってよ。ここじゃ近所迷惑だし…」
「あ、いいの!ラッキー♪…そう言えば親御さんは!?」
 星歌は思わず立ち止まる。
「い、今、旅行行ってるの」
 その時の星歌の様子はものすごくおかしかったのだが、哲平はまったく気づいていなかった。 
「年頃の娘をほっといて?いまだにラブラブなんだなぁ!?」
「ま、まあね」
 星歌はあたふたしながら部屋のかぎを開ける。
「だったら襲っちゃうぞー…なんちゃって」  
「え?」 
 星歌はドアを開けて固まった。
「じょ、冗談だよ!さ、入ろう」
 哲平は笑いながら勝手に入って行った。
「ひ、日野くん!」
 あわてて星歌が部屋に入ったその時、携帯電話が鳴った音が聞こえた。
「…え!?な、何?」
 星歌はわけが分からずきょろきょろあたりを見回す。
「悪い、俺のケータイだよ」
 哲平はズボンのポケットから携帯電話を取り出した。  
「お、香織だ。こんな時間に珍しいなぁ。久音、ちょっと待っててな。……はいはい、てっぺーです。
…………へ?…ま、まじ!?………分かった。俺も探すよ。じゃ、また電話くれ」
 電話を切った哲平は先ほどとは違うような真面目な顔で携帯電話をかたづけた。
「どうしたの?」
「孝司さんの行方がわからないらしい」
「え?」
「夕方、先輩刑事と別れてそのまま連絡が取れないんだと」
「…私、夕方に会った」
「まじ?」
「う、うん」
「その後か?…と、とにかく俺、探してくる」
「私も行く!」
「だめだ。危険だ!犯人に出会った可能性もあるんだぞ!!!」
「行く。絶対に行く!」
「……わ、分かったよ。一緒に行こう」


「こっちよ!」
 香織が手を振る。
 場所はあの公園。夕方、星歌と孝司が出会ったあの公園である。
 探しに出た途中で不安になり哲平の携帯電話に一緒に探そうと連絡したのだ。
「何か手がかりは?」
「ううん。お兄ちゃんの同僚さんも探してくれてるけどぜんぜん…」
 悲しそうに香織はつぶやいた。
「だ、大丈夫だよ。みんなで探せばきっと…」
「元気を出して、木原さん」
「…ありがとう」
 香織は少し微笑んだ。
 安心した星歌も微笑む。その優しい笑顔にひそかに哲平は見とれていた。
 少しの間、3人の間に柔らかな空気が流れていた。だが―――――――――
「…あ!」
 急に星歌が声を上げ、硬い表情になった。
「ど、どうした?」
 哲平が真面目な声で問う。
「…二人はここにいて」
「なぜ?」
 香織が不思議そうな顔で聞いた。
「と、とにかくここにいて!」
「…いやだ」
 哲平が言った。
「な、なんで言うこと聞いてくれないの!?」
「お前もさっき聞かなかったから!…何か隠してるんだろう、お前」
「………」
「言えないのならついて行く」
「か、勝手にして!」
 星歌は背を向け走り出した。
「せ、星歌ちゃん!」
「久音!」
 残された二人はあわてて星歌の後を追った。
 

 3人はいつの間にか廃墟とかしたビルの前にいた。
「…ここに孝司さんがいる」
「ほ、本当!?」
「間違いないわ。私の作った結界符(けっかいふ)の気配をはっきりと感じるから…」 
「結界符?」
 哲平が目を丸くしている。
「…お守りみたいなものよ。今日孝司さんに会った時にこっそりポケットに入れておいたの。
この事件はあの女のせいだと思ったから………」
「く、久音って陰陽師?」
「…みたいなものよ。今度こそ二人はここにいてね。ただの人ではかなわないから、あの女には!!!」
 星歌の肩は怒りに震えていた。
「…よく分からないけど……分かった。香織とここにいる。香織もいいな?」
「う、うん。…星歌ちゃん気をつけてね」
「…うん」
 星歌はうなづき、ゆっくりとビルの中にに入って行った――――――――


(…感じる。感じる。あの女の気配を!…やはり、犯人はあの女!!!)
 星歌は足を一歩一歩踏み入れるごとにあの女、にっくき瑠璃姫の力を感じていた。
 怒りで体が震える。何度も頭の中であの日の出来事がよみがえって来た。
 ひからびた父をちぎり、食ったあの姿。自分に術をかけ、微笑む姿。
 …許さない!星歌は復讐に取り付かれていた。