「…ふふふ、来たか」
 ビルの奥に瑠璃姫はいた。 
 あの日とは違う姿だがあたりに漂う甘い甘美な香りは確かに瑠璃姫のものだった。
 真っ赤な血のように赤いワンピースを来た瑠璃はあの日のように怪しく微笑んでいた。
「瑠璃姫、孝司さんはどこにやった!?」
「…孝司?…あぁ、あの結界符を持っていた男か!?そこら辺に転がっておる」
「え?……あ、た、孝司さん」
 部屋の隅で孝司が倒れていた。どうやら気を失っているだけのようである。
「良かった。無事で…」
「結界符のせいで生気を取れないんだわ。まあそんなことどうでもいいのじゃが」
 瑠璃が嬉しそうに言った。
「何がおかしい!…待っていた、この時を。父上の…今までお前に殺された者の敵…取らせてもらう!!!」
「わらわも待っておったぞ。お前と再会するのを…。
…ん、またお客様のようじゃ」
「客?」
 瑠璃の言葉に星歌は思わず振り返る。そこにいたのは…。
「久音!」
 哲平だった。はぁはぁと肩で息をしつつ、心配そうな顔で星歌を見つめている。
 あの後心配で追いかけてきたのだ。
「ひ、日野!?ば、ばか!あれほど待ってろって言ってたじゃないか!!!」
「だ、だって久音が心配で………あ、あれ?何かいい香り。気分がいいぞぉ…」
 哲平の目は座っていた。
「日野くん、孝司さんを連れて木原さんの元に戻って!!」
「…いや…気持ちいい」
「ふふふ………わらわの香りにどんな男も一ころじゃ。…星歌お前、その男を好いておるじゃろう!?」
「な、何を!?……わ、私は男だ!!!」
「ふふ、今はおなごぞ。その美しい姿はまさしく女。好いた男に殺されたらどんな気分じゃろうなぁ…」
「え?」
 瑠璃が指を鳴らす。すると哲平の表情があっという間に変わった。
 哲平は無表情になり、星歌の首を締めた。愛しそうに星歌の名を呼びながら…。
「久音…久音……」
「…う…あぁ!…や、やめろ、日野!!」
「久音…久音………」
「…ひ、日野お願いだ、元に戻れ!!日野!!!!!」
「…久音」
 必死で抵抗する星歌だが男である哲平にかなう筈もない。
 どんどん意識が遠のいていく。消えゆく意識の中、星歌は必死に叫んだ。
「日野!!!」
「…!」
 哲平は叫びに反応し、一瞬動きを止めた。
「い、今だ!…臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前!!!」
 星歌の体から淡い光が出た。その光が哲平を包む。
「あ、あぁぁぁぁぁー!」
 哲平は頭を抱え、座り込み、そして…。
「…あ、あれ…お、俺…」
「…良かった。元に戻ったんだ」
「な、何で!?」
「わけは後で説明するから孝司さんを連れて逃げて」
「え、あ、孝司さん!?わ、分かった!」
「…逃がさぬ。誰も逃がさぬ!!!」
 それを見た瑠璃がものすごい形相で叫んだ。あたり一面に風が吹き荒れる!
「何がどーなってるんだぁ!?」
 孝司をかばった状態で哲平が叫んだ。
「あーもう!…絶対動かないでよ!!!白き刃よ、我の心を力に変えて、敵を打て!!!」
 星歌の手から出た白い刃が瑠璃に向けて放たれる。
「ふっ、甘いな!」
 瑠璃は軽く跳ね返した。
「くそぉー!」
「もう お主と遊ぶのも飽きた。そろそろ地獄へ送ってしんぜよう。…うるべ うるべ ゆらゆらとうるべ……」
 術を唱え始めた瑠璃の体に黒い光が集まり始めた。
「く、久音!」
 哲平が叫ぶ。だが、星歌は動けなかった。連続して術を使ったため体力を消耗しているようだった。
「…なら」
 哲平は覚悟を決め、瑠璃を見た。
 どうやら術に意識を集中しているようで哲平が見ていることに気がついていないようだ。
「…ひぃふう みい よ いー むー なな……」
「やーーーっ させるか!!」
 哲平が瑠璃に飛びかかった。
「こ、この!ただの人がわらわの邪魔をするとは!!!」
 瑠璃が哲平を突き飛ばした。
「うわー!」
「日野―――――!…白き刃よ、我の心を力に変えて、敵を打て!!!」
 星歌は力をふり縛り、術を放った。
「ぐ、ぐぁ!!!」
 隙をついて放った星歌の術は瑠璃を直撃した。
「や、やった!仕留めた!?」
 瑠璃はぎろりと星歌をにらんだ。
「…こ、これぐらいでやられるか。わらわは生きなければならぬのだ。生きなければ…生きなければぁ!!!!」
「…なぜ?なぜだよ!?…よく分からないけど、あんたが連続殺人の犯人らしいのは分かった。
で…たぶん、あんたは人間じゃない。なぜ生きる事にこだわる!?
こんな事ばっかりやる毎日なんだろ!?何で生きようとするんだよ!?」
 哲平が悲しそうに言った。
 哲平の言葉に瑠璃ははっとなった。
 頭を抱え、座り込む。
 悲しそうに寂しそうな顔で考え込んだ。だが、その顔はすぐに鬼ような形相に変わり、
「な…ぜ?……なぜだ?思い出せぬ。長すぎて…思い出せぬ!!!」と叫んだ。
 再び、辺り一面に風が吹き荒れる。
「わ、また風だ!!」
「…わけなど…わけなど…あぁ………あぁ!!!!殺してやる、二人とも殺してやる!!!!!!」
 瑠璃の叫びにあわせ、風は大きくなり、部屋の中はまるで台風のようになった。
 部屋に残された荷物も中を舞い、二人に襲い掛かってきた。
「う、うわぁ!!」
 星歌は何とかものをよけていた。ところが横と前に気を取られ―――
「久音、後だ!…久音!!!!!」
 哲平は星歌をかばい、襲ってきた荷物の直撃を食らってしまった。
「ひ、日野!?」
「だ、大丈夫。………ちょっと痛いけど」
「なぜだ?そなたも分かっただろう!?そのおなごも・・・星歌もただの人間ではないと。
それなのに…なぜかばったのじゃ!?」
 瑠璃は叫んだ。
 哲平はまっすぐ瑠璃を見てこう答えた。
「…ただの人間じゃなくても…半年一緒にいたクラスメイトだ。それに…好きだから。」
「好き?好きだと!?…この女は不老不死だぞ!!おまけに元は男だ。
私が今の姿と永遠の命を与えたのだ!……………それでもか!?」
「…変わらない。今の久音が好きだから。どんな事実を突きつけられたって俺の心は変わらない!
久音の笑顔を消す奴は許さない。俺は久音の笑顔が好きなんだ!!!」
「…!」 
 瑠璃ははっとなった。
「…あ、あぁ!! 笑顔? 消す・・・・遠い昔 誰かに聞いた事がある」
 瑠璃の頭の中にかすかに男性の顔が浮かんできた。優しい笑顔、愛しい…あの方。
 そして、あの方はこうわらわに言った―――――――
『泣かないで。笑っておくれ。私はあなたの笑顔が好きだった。
あなたの笑顔を消す者は許さないと思っていたのだ。だが、それが私になろうとは…。
 …私のぶんまで生きて幸せに………。どうか………』
「…お…うか………桜火様」
 瑠璃の目には涙が光っていた。
「…桜火。…姫の大切な人の名か!?」
 星歌がつぶやく。
「思い出した。わらわは桜火さまの言葉に従い、生きようと思ったのだ。
あの方は流行り病で死の淵にいた。
最後に言われたのだ。あなたの笑顔が好きだった。私の分まで生きて幸せにと…」
「おかしいよ!」
 哲平は叫んだ。
「だから、人でなくなってまで生き続けたのか?おかしいよ!!
その人はそんな事望んでいない!人並みに生きて人並みに幸せになってほしかったんだ。
その大好きな笑顔で人として生きてほしかったんだよ!!!」
哲平のその言葉に瑠璃は大粒の涙をこぼした。
「桜火さま……わらわは間違っていたのですね。
……………星歌よ、別れの時ぞ。…転生姫・瑠璃はここに自決する」
「か、勝手に何を!」
「…久音、させてやれよ」
 今にも飛び掛りそうな星歌を哲平が止めた。
「日野!?」
「その人はやっと元の自分に戻れたんだから」
「………日野くん」 
 星歌は小さくうなづく。
「…すまない。星歌、詫びに呪いを解こう…不老不死だけ」
「え?な、何故 不老不死だけ!?」
「ふふ、女でなくなったらそこの男が泣くからな」
「え!た、確かに困る!!!」
 哲平が力説した。
「…おぬしも困るだろう?」
「…え?」
 星歌は顔を真っ赤に染めてうつむいた。
 瑠璃は優しく星歌の髪をなでた。なでたところから黒い煙が立ち上る。
「け、煙?」
 哲平が不思議そうに煙に近づく。
「それが呪いぞ」
「え!」
 哲平はあわてて煙から逃げた。
 瑠璃は哲平のその様子にふふと笑い、それから二人に向けて優しく微笑んだ。
 それは先ほどまでの鬼のような形相だったとは思えないほどの優しい笑顔だった。
 瑠璃の身体は内側から光り始めた。次第にあたりを照らしやがて全てを光に包み込んだ。
 そして光の中から…愛しい桜火の姿が―――――――
「瑠璃、やっと解ってくれたようだね」
 桜火が微笑む。
「おろかでした。やっと…お傍へ参れるのですね」
「さぁ おいで」
 桜火が瑠璃に手を差し出す。嬉しそうに瑠璃はその手を取った。
「星歌 すまなかった 本当の幸せを手に入れて欲しい」 
 ―――――――瑠璃は光と共に消えていった。
 

 星歌と哲平はしばらく、瑠璃たちが消えていった場所を見つめていた。
 深い悲しみを抱えていた瑠璃。
 それを知った星歌の中には憎しみは消えていた。
 …しばらくして哲平が声をかけてきた。


「………久音、行こう。外で香織が待ってる」
 星歌はゆっくりと首を振り、
「…孝司さんと2人で行ってくれ。私は一緒にはいけない」と悲しそうに言った。
「何でだよ!?」
「…私はただの人間ではない。分かっただろう!?」
 哲平はじっと星歌を見つめた。
「けど、もう普通の人間になれたんだろう!?だったら!!!
…俺は本当にお前が好きだ。今のお前が好きなんだ。お前がどんな過去を持っていたって構わない!!」
「…けど」
「お前はやっと開放されたんだ、過去から。自由になれたんだ。
これからは好きに生きていいんだよ。俺や香織と一緒に学校行って、勉強したり遊んだり。
普通の女子高生やったらいいんだ。」
「日野…日野くん。………いいの、本当に!?私は…」
「あぁ。…これから一緒に……生きよう」
「日野くん!!!」
 哲平はそっと星歌の肩を抱き寄せた。…星歌は泣いていた。
 数百年の時を経て やっと星歌は過去の呪縛から解き放たれ、今、生まれ変わったのだ。
 哲平は優しい笑顔で星歌を見つめていた――――――――


終幕

 

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